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| 加藤: |
![]() マッチの産業的側面から言えば、マッチ生産のピークも昭和40年代なんですよ。昭和30年代まではマッチ箱は経木(きょうぎ)でつくられた「木箱」だった。それが40年代になってボール紙に印刷された「紙の箱」へと変わった。業界的にはそれによってとても効率化が図られ、量産がさらに容易になったわけだけど、我々にとってはものづくりの何かが失われていく悲しさはあった。 だからそういう時代の境目にいた人間にとっては良いも悪いもその「比較」ができた。今思えばとても大切な時代を過ごしてきたんだよね。でもバタバタといろいろな物事が変わっていくというのは、刺激もあったけど、とまどいや不安もあったよね。 僕がマッチを集め出したきっかけは、昭和30年代後半ごろから、つまり1960年代は、アメリカからの文化がどっと日本に入ってきて、むかしから続いてきた日本的なものが否定され、アメリカ的なもの、モダンなデザインがすべて良しという風潮になってきたんだよね。何か、明治維新後の文明開化みたいだけどね。でも自分の感性としては、それに違和感と疑問を感じながら過ごしていた。そんな時に横尾忠則さんとか赤瀬川原平さんとかが出てきて、日本の土着的な色彩・デザインを全面に押し出した作品が注目を浴びたんだよ。それで「ああ、いいんじゃないか!自分の感性も間違ってはいなかった」と自信と確信を得られたんだよね。同時にお二人が作品に使っていた「マッチラベル」に強烈な衝撃を受けた。「これだよー!」って。反モダニズムを象徴している物のように感じた。それで大学時代、仲間を募って交換会みたいなものをささやかに始めたわけ。 |
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| 町田: | いや本当に。だから僕の集めているものはすべて「似たような形のものの中にいかにデザインされているか」っていうことですよね。僕はマッチ一筋じゃないんですが、たとえば甘栗のパッケージにしても、空き缶にしても、箸袋にしても…。それをすべて「昆虫採集」のように並べて、その微妙な違いを楽しむ。だから僕にとっては「コレクション」は「昆虫採集」なんですね(笑) |
| 加藤: | わかる!わかる!(笑) マッチにしても町田さんがコレクションしている様々なパッケージ類も、「採集」という目的意識を持たなければ絶対に「ゴミ箱行き」だよね。でも印刷物として捉えると、技術力としては今よりも劣る時代に、逆に残しておきたくなるような凝った描き方をしているものが多いのね。「デザイン」というより「図案」という雰囲気の描き方。そこに惹かれているんだと思う。 だから僕もマッチ以外のものにも興味は同じ感性で持つんだけど、ただ、「集める」ということに対して本気になると整理整頓も必要になるし・・・。その点で町田さんは僕にとっては驚異だね(笑)僕的には一生の中でそんなにたくさんの種類のものをすべて整理していくのは絶対無理だよーって感じ(笑)。 |
| 町田: | 僕にとってはそれをしていないとすごいストレスになるんだよ。 それに、マッチはもう加藤さんにまかせて安心だけど、他のものは自分がやらないと後世に残らないでしょ? |
| 加藤: | 「継続は力なり」で、人が見たら「いったい何やってんの?」っていう無駄と思えるものでも集大成になると一つの凄いものが確立するんだよね。ただこればかりは、興味がない人に対して「仕事だからやれ」と言ってもできないよね。 |
| 町田: | できない!できない!(笑) |
| 加藤: | ああ、マーブルチョコレートは僕も一時期集めたけど、結局やめてしまったなぁ。 でもお菓子のパッケージならなんでも集めているというわけじゃないよね? だってきりがないもの。 |
| 町田: | お菓子では主にチョコレート。元々、大学の論文でチョコレートのパッケージをテーマにしたから。この前、大学から論文を返してもらったよ(笑) こうやって数を集めるといろいろな違いが見えてくるんですよね。「違い」というところから入っていくと話がドーッと奥に広がるんですよ。 |
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