
日本で初めてマッチが作られたのは明治8年。
今年で国産マッチ生誕から130年を迎えました。
今ではマッチの需要が減少していますが、かつてマッチは日常生活にかかせないアイテムであり、神戸を中心として作られた日本のマッチは世界各国に輸出される日本を代表する産業でした。
「温故知新」という言葉があります。古きをたずねて新しきを知るという意味です。
その長い間の諸先輩の苦難に満ちた足跡を振り返ることに大きな意義があります。
社団法人日本燐寸(マッチ)工業会では、この130周年を記念して、『国産マッチ130年の歩み』を刊行いたしました。そこで、この「マッチの歴史」のコーナーでは、記念誌の内容を毎月2〜3項目づつ掲載していく予定です。
この130年の間を大きく分けると、明治8年(1875)から明治20年(1887)の創業時代、明治21年(1888)から大正9年(1920)の輸出を中心として活躍した時代、大正10年(1921)から昭和21年(1946)のマッチ業界受難の時代、昭和22年(1947)から昭和50年(1975)の広告マッチを中心に躍進した時代、昭和51年(1947)以降の多角化経営に進出した5つの時代に区分されますが、それぞれの時代の中でもいろいろと紆余曲折があり、一言でまとめることは容易ではありません。
ここでは一応10年ごとにまとめて過去を振り返って見ることにしました。
なお、故人の名前の敬称は省略しました。
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